京都地方裁判所 昭和36年(ワ)358号 判決 1967年3月07日
原告
中村福蔵
右訴訟代理人
土井一夫
被告
木村小米
右訴訟代理人
酒見哲郎
主文
被告は、原告に対し、別紙目録記載(1)および(2)の土地(本件土地)について、京都府知事に農地法第三条による所有権移転の許可申請手続をなし、右許可があつたときは、所有権移転登記手続をせよ。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求原因として、
「一、原告は、昭和二八年一月二五日、被告先代木村勇吉との間に、その所有にかかる本件土地を、京都府知事に農地法第三条による所有権移転の許可申請をなし(その時期は契約締結後速かに)、その許可あることを停止条件として、代金一一万円、内金三万円即時支払、残金八万円所有権移転登記(その時期は許可後速かに)と同時支払の約定の下に、買受ける契約を締結し、契約締結と同時に、右代金内金三万円、同年三月一九日、代金内金二万円、同年七月二九日、代金内金三万円を支払つた。
二、被告は、右売買契約締結直後より、たびたび、木村勇吉に対し、京都府知事に農地法第三条による所有権移転の許可申請手続(木村勇吉は前所有者より所有権移転登記を受けていなかつたので、まず右所有権移転を受けた上)をするよう求めた。
三、木村勇吉は、昭和三一年一一月一六日、本件土地について、前所有者岡高明から、所有権移転登記を受けたが、右許可申請手続をしない。
四、木村勇吉は、昭和三八年七月五日死亡し、被告が、相続により本件土地の所有権を取得し、同三九年一月一八日相続による所有権移転登記をした。
五、よつて、原告は、被告に対し、主文同旨の判決を求める。」
と述べ、
被告主張の抗弁に対し、
「六、被告主張の四、五の各(2)の事実は、認めるが、三の事実、四、五の各(1)の事実は、争う。
七、仮りに、原告が本件売買契約締結と同時に支払つた金三万円が、解約手附であるとしても、原告主張二記載のとおり、原告は、本件売買契約締結後に代金の一部支払をなし、契約の履行に着手したから、手附金倍額提供による契約解除は無効である。」
と述べた。
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁および抗弁として、
「一、原告主張の一の事実は、本件売買契約の目的土地が本件土地全部である点を除き、認める。
本件売買契約の目的土地は、本件土地中西側の二〇〇坪の部分((ヌ)、(ル)を結ぶ線の東側二〇〇坪までの部分)である。
二、原告主張の三、四の事実は認めるが二の事実は争う。
三、仮りに、本件売買契約の目的土地が、本件土地全部であるとすれば、木村勇吉は、本件土地を二〇〇坪であると誤信し、そのため、本件土地価格の評価を誤り、本件土地を代金一一万円で売買契約をしたのであるから、本件売買契約は、要素の錯誤により、無効である。
四(1)、原告が本件売買契約締結と同時に支払つた金三万円は、解約手附である。
(2)、木村勇吉は、同三六年一二月一〇日、原告に対し、右手附金額の倍額の金六万円を提供して、本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。
五(1)、本件土地は、本件売買契約後、一〇〇倍に高騰した。
(2)、被告は、原告訴訟代理人に対し、昭和三九年一〇月二二日到達の準備書面をもつて、土地高騰による事情変更を理由として、本件売買契約解除の意思表示をした。」
と述べた。
証拠<省略>
理由
原告主張の事実中、本件売買契約の目的土地が本件土地全部であるとの点を除く一の事実、三、四の事実は、被告の認めるところである。
<証拠>によれば、原告主張の一の事実および二の事実を認めうる。被告本人の供述中右認定に反する配分は採用しない。
錯誤の抗弁に対する判断。
売主が、面積的二五〇坪の土地を面積約二〇〇坪であると誤信し、そのため誤つた評価代金(一一万円)で、土地売買契約を締結しても、特別の事情のないかぎり、右契約は、要素の錯誤により無効とならないものと解するのが相当である。けだし、売主が売買目的土地の評価を右の程度に誤つたことにより受ける不利益は、取引上、一般に、売主が負担すべきものであるから、右の程度の錯誤は、要素の錯誤に該当しない、と解すべきであるからである。
手附金倍額提供による解除の抗弁に対する判断。
買主が契約締結の際とその後と数回にわたつて代金の一部ずつを支払う場合には、特段の事情のないかぎり、契約締結の際に交付されたものだけが、手附であり、契約締結の後になされた代金の一部支払は、民法第五五七条第一項にいう契約の履行の着手に該当し、売主は手附金倍額を償還して契約の解除をなしえないものと解するのが相当である。
したがつて、特別の事情の認められない本件において、木村勇吉は、契約締結の後に代金の一部支払を受けたことによつて、右解除権を失つたものと認めうる。
事情変更による解除の抗弁に対する判断。
前記認定によれば木村勇吉は、本件売買契約締結直後より、本件売買契約履行遅滞になつたものと認められ、右履行遅滞後に本件土地が著しく高騰したとしても、事情変更を理由に契約の解除をなしえない、と解するのが相当である。
被告主張の抗弁はすべて採用しえない。
よつて、原告の本訴請求を正当として認容し、民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。(小西 勝)